2000年代序盤のF1を席巻したのは、フェラーリとミハエル・シューマッハーだった。まさに今のレッドブルとマックス・フェルスタッペンのような強さを発揮し、2000年から2004年まで5年連続でダブルタイトルを獲得。特に2002年のシューマッハーは、全戦表彰台の離れ業……ルイス・ハミルトンもフェルスタッペンも達成できていない大記録だ。
そのフェラーリの足元を支えるタイヤの開発を率いていたのが、浜島裕英氏である。当時の浜島氏は、シューマッハーやフェラーリとまさに二人三脚といった感じで取り上げられることが多かった人物。今はNakajima Racingの一員として、スーパーフォーミュラやスーパーGTで活動している。
その浜島氏は、タイヤとレーシングカーのパフォーマンスを最大限発揮するためには、ホイールの性能が欠かせないと語る。
当時浜島氏らが作ったタイヤと、フェラーリのF1マシンを繋いでいたのは、BBS製のホイールである。今もBBSジャパンには、当時のホイールが大切に保管されている。
「すごく良いタイヤができたとしても、その力をちゃんとクルマに伝えるのがホイールです。ホイールって、すごく重要なんですよ」
そう浜島氏は言う。
「F1ともなれば、重量が10kg増えると、コンマ3秒ほどラップタイムが遅くなると言われています。だから、チームとしてはホイールも軽くしたいわけです」
「ただ、単に軽くすればいいというモノではありません。軽くしすぎて、ホイールがペラペラで薄く剛性不足になってしまうと、タイヤからの力がしっかりと車両側に伝わらないのです」
浜島氏曰く、実際にそういうテストを行なったことがあったという。
「フェラーリにタイヤを供給していた時のことです。フェラーリがBBSさんに言って、非常に軽く薄いホイールを作ってもらったことがありました。そのホイールは、タイヤを組み付けて、タイヤに内圧を入れて、ビード部分をホイールにセットする時にイン側とアウト側に鉄の板をホイールを挟むようにはめ込んで、フランジなどが曲がらないようにしなきゃいけないという、そういうギリギリのモノでした」
「その時のテストには、その軽いホイールと、通常の剛性が確保されたホイールが持ち込まれていました。確か鈴鹿だったと思います。それで2種類のホイールを比較しましたが、S字だけでコンマ3秒の差がついてしまいました。軽い方が遅かったんです」
「当初は、軽いのになんで遅いのかなと思ったのですが、どうもスポークか何かがたわんだりしていたのではないかということが分かりました。つまり、タイヤの力がしっかり伝わらなくなってしまったんです」
「一方で剛性がしっかりした標準の重さの方は、ドライバーの評価も良かったです。そのテストはシューマッハーが担当していましたが、全然違うよと言っていました。確か『タイヤは同じなのか?』と聞かれた覚えがあります」
ただこのテストで、F1の凄さを実感したとも浜島氏は振り返る。
「ホイールの剛性を少し変えただけで、あれだけラップタイムが変わるというのは、衝撃でしたね」
「フェラーリは当時、その軽いホイールは超軽量高剛性と言っていましたが、やっぱりたわんでしまうんですよ。それだけF1は力が出ているのだなと思いましたね。また、ホイールを曲げるくらいのタイヤを作ったというのは誇りでした」
また浜島氏曰く、ホイールとタイヤは固定されていると思われがちだが、F1やレーシングマシンのパワーにより、それがずれてしまうこともあるのだと言う。
「F1マシンのパワーはすごいですし、ブレーキの力もすごいですから、ホイールとタイヤがずれてしまうことがあります。ブレーキをかけた時、ホイールは止まりますが、タイヤは前に進もうとしていますから……それを抑制するために、接着剤のようなものでタイヤのビード部とホイールのビードベース部をくっつけたりということもありました」
「他のレーシングカーでも、1回のレースを走り終えると、タイヤとホイールが1周分ズレたんじゃないかという事例も、実はあったんですよ」
ホイールとタイヤの関係で言えば、他にも様々な工夫が施された。そのうちのひとつが、ブレーキ熱をタイヤの内部に伝えるのか、あるいは伝えないのかということだ。
レーシングタイヤのパフォーマンスを引き出すためには、内圧を適切な値にコントロールする必要がある。内圧をコントロールするためには、その内部の温度が重要になるわけだが、タイヤを温めにくい場合にはブレーキの温度を使って温め、温まりすぎる時にはブレーキの温度が伝わらないようにしていた。
「ホイールのブレーキ側に面する表面にイボイボの突起をつけてもらったりしました。それでホイール内面の表面積を増やして、ブレーキディスクの熱が伝わりやすいようにして、タイヤ内部を温めていたんです。他にもギザギザとか、大仏様の頭のような形状とか、色々とやりました。一方でホイールの内側、ブレーキ側をアルマイト加工してテカテカにしてもらい、ブレーキの放射熱を反射させて、タイヤの内部に熱が伝わりにくいようにしたこともありました」
「こういう細かい処理は、タイヤメーカーが複数参戦していた、いわゆる”タイヤ戦争”の時に激化したんです」
ただこういうホイールとタイヤにまつわる開発は、タイヤメーカーとホイールメーカーが直接やりとりするわけではなく、すべてチームが仲介していたという。浜島氏は「当時、BBSさんと直接やりとりしたことはほとんどなかった」と振り返るが、そんな中でもひとつだけ、浜島氏がBBSに直接依頼したことがあったという。
「今は禁止されていますが、エアバルブをふたつにしてもらったことがありました」
エアバルブとは、タイヤの内部に空気を入れる箇所のこと。これをふたつにしたというのだ。何のために?
「片方から乾いた窒素を入れて、もう一方から抜くようにしました。タイヤの内部に入っている気体が普通の空気だと、水分が多すぎて、内圧のコントロールがしにくいからです」
「タイヤの内部に水分が入っていると、温度が上がった時に一気に蒸発してしまい、内圧が急激に上がってしまいます。こういう状況は避けたい。だからタイヤの内部を乾かすために、バルブをふたつ付けて、片方から乾燥した窒素を入れ、もう一方からタイヤ内部の水分を含んだ窒素を抜くということをやっていました。色んな分子が混ざった空気ではなく、窒素だけにするのも、その方が内圧の上昇を単純化できるからです」
そんな浜島氏は、BBSのホイールをプライベートで購入したことがあるという。
「僕たちがクルマを買えるようになった頃、BBSホイールは憧れでした。買ったことありますよ。当時は(も(笑))高かったですが、その分大事に使いました」
「1977年頃だったかな……僕はRX3サバンナを中古で買いました。それでホイールだけBBSに変えて、結構長いこと乗っていました。当時って、サラリーマンになったら車を買って、横に彼女を乗せてどこに行こう……という頃ですからね。だからみんなそういった高性能パーツには敏感でしたね」
今はそのBBSのホイールが、F1のワンメイクホイールに指定されている。つまりすべてが日本製だ。浜島氏は、せっかくならばタイヤも日本製になって欲しいと願う。
「BBSのホイールに装着するF1タイヤも、日本製にして欲しいですね。次の候補になったらいいと思います」