豊富な知識と経験を持ったプロショップを紹介する【BBS × PRO SHOP】シリーズ。今回ご紹介するのは、大正10年から岐阜県に店を構える老舗中の老舗『岐陽ビーエス』。日本BBS社の設立前から第一線で業界を見続けた同店代表の宇佐見さんに、日本のホイール業界やBBSホイールの変遷を語っていただいた。

岐阜の名店「岐陽ビーエス」

岐阜県の玄関口であるJR岐阜駅から車で5分。ショーウインドウには世界各国のホイールがずらりと並び、ピットでは熟練のスタッフが多種多様なクルマを整備する。

画像1: 【BBS × PRO SHOP】ドイツから日本へ。BBSブランドの沿革をすべて知るお店・岐陽ビーエス
画像2: 【BBS × PRO SHOP】ドイツから日本へ。BBSブランドの沿革をすべて知るお店・岐陽ビーエス

今回は自動車が一般に普及するよりも前、大正10年(当時は馬車・荷車の製造業)から営業を続けてきた『岐陽ビーエス』をフィーチャー。

お話を伺ったのは、代表を務める宇佐見 眞一(うさみ・しんいち)さん。車業界の変遷や、現BBS JAPANが辿ってきた歴史を間近で見てきた、まさに生き字引的な人である。

宇佐見さんのお話をご紹介する前に、まずは「BBS」 の歴史を簡単に説明しよう。

「BBS」は1970年にドイツで創業したブランドだ。自動車エンジニアの(B)バウムガルトナー氏と(B)ブラント氏が、ドイツの町(S)シルタッハで設立したことが社名の由来である。(当記事ではドイツBBS と呼称する)

創業当時はエアロパーツなどを取り扱っていたが、1973年にレース用の 「鋳造3ピースアルミホイール」を完成させ、ホイールメーカーとしての道を歩み始めた。

下写真は70年代のドイツBBS広告

画像3: 【BBS × PRO SHOP】ドイツから日本へ。BBSブランドの沿革をすべて知るお店・岐陽ビーエス
画像4: 【BBS × PRO SHOP】ドイツから日本へ。BBSブランドの沿革をすべて知るお店・岐陽ビーエス

1983年には、日本のアルミ製糸巻き製造販売会社であったワシマイヤーと技術提携を行い、ワシマイヤー製アルミ鍛造ホイールを販売する「 日本BBS株式会社 」が誕生する。翌年には第1号製品として3ピース鍛造アルミホイールの『RS』を完成させ、国内を中心に鍛造ホイールの展開をスタート。

2013年に「BBSジャパン株式会社」に名称を変更し、現在に至る。

こうした歴史をBBSの販売代理店としてすべて見てきた宇佐見さん。年表には載っていない興味深いお話をたくさん聞かせてくれた。

日本BBS社設立前の「BBS」とは?

岐陽ビーエスは、自動車の普及とともに世界のタイヤ&ホイールの輸入販売を手がけてきた。もちろんそのなかにはドイツBBSの鋳造ホイールもある。

「ドイツBBSはレーシングホイールとして当時から有名でね。日本でもVWゴルフやBMW3シリーズといったドイツ車のオーナーに人気があって、BBS=高性能ホイールとして認知されていたね」

そんなドイツBBSだが、はじめは自社製造ではなく、エンジン部品の製造で有名なマーレ(MAHLE)社に委託してホイール製造を行っていたという。

画像: ドイツBBS社初期のホイール。右上にMAHLEの刻印が入っている

ドイツBBS社初期のホイール。右上にMAHLEの刻印が入っている

「自社製造に切り替えたあとは、BBSのセカンドラインとして『セラール』というブランドを作り、メッシュとは違うデザインのホイールを展開したり。ドイツBBSも色々やっていたもんだよ」

当時、日本国内では自動車部品商社のユーピーを中心に、岐陽ビーエス、池上コーポレーション、京都の橋本タイヤ(現・橋本コーポレーション)がドイツからホイールを輸入し販売していた。

「あるときホイールをオーダーしたのに半年ぐらいメーカーから入ってこないことがあって、鋳造ホイールの出荷が止まっちゃったのよ」

宇佐見さんは「どうしたんだ?」と疑問に思いつつも、BBS創業者のバウムガルトナーも出席するインポーターの会合に足を運んだ。ところがバウムガルトナーがなかなか来ない。

「そしたらさ、北陸からの飛行機が雪で遅れてるっていうわけ。なんで北陸??なんて当時は思っていたけど、その後すぐにワシマイヤーと業務提携の話が出てね」

画像: 岐陽ビーエスの代表取締役を務める宇佐見 眞一さん

岐陽ビーエスの代表取締役を務める宇佐見 眞一さん

ドイツのトップブランドであるBBSと、自動車業界ではまったく無名のワシマイヤー。両者の業務提携に、宇佐見さんも青天の霹靂であったという。

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