浪人時代の愛車は家族唯一のクルマだった
野中さんのクルマ遍歴は、浪人時代に始まる。従兄から10万円で譲ってもらったブルーバードUだ。浪人生活の2年間をともに過ごした愛車だったが、その終わりは突然訪れた。
「自損事故です。民家の壁にぶつかってクルマは大破しました。私自身も大けがをして、約2ヵ月入院しました」
その後、無事に大学へ進学。卒業までの4年間は、友人から譲ってもらったマークⅡに乗っていた。
「当時流行っていた“1円玉ホイール”と呼ばれる15インチホイールを履いていました」
当時から可能な範囲でカスタムを楽しんでいたという。
「ノーマルで乗りたくないんです」と野中さん。
ホイールもBBSへの憧れはあったが、学生の手が届く存在ではなかった。
現在の愛車BMW M3。足元にはBBS LMを装着する
今回の撮影は、福岡県那珂川市の五ケ山クロスベースで行った
免許を取ればクルマを持つのが自然な時代。しかし野中さんにとって、クルマは単なる移動手段ではない。
「クルマなら何でもいいというわけじゃないんです。そこにはこだわりがある」
その原点について尋ねると、野中さんは少し考えたあと、「何でしょうね。『サーキットの狼』を読んでいたからでしょうか」と笑った。
いつからクルマ好きになったのかは、自分でもよく覚えていないという。
本人の記憶にはないが、2〜3歳の頃にはクルマを見て「あれはカローラ」「サニー」などと言っていたそうだ。さらに小学校の卒業文集には、「将来はF1のパイロットかJALのパイロット」と書いていたという。
当時、親はクルマを持っておらず、浪人時代のブルーバードは家族にとって唯一のクルマでもあった。
五ケ山ダムを眺めながら軽快に走るBMW M3
「父が飲んでいるときは、よく天神まで迎えに行きました。当時は携帯電話がないので、公衆電話から家に連絡があるんです。『何時にあのバス停にいるから』って。でも行ってもいない。1時間待っても来ないから帰ると、また電話がかかってくる。呼んだことを忘れてバスに乗って、そのまま終点まで行ってるんですよ」
購入時には親から援助を受けていたこともあり、文句を言わずに迎えに行っていたそうだ。
社会人1年目で手にした憧れのBBS
大学卒業後、就職して初めて自分のお金で購入したのがグランドシビックSi(EF3)だった。
パワーウインドウもエアコンもオプション設定の時代。限られた予算のなかで取捨選択したが、車高調だけは譲れなかった。そしてもうひとつ悩んだのがホイールだ。
「ショップで見かけた15インチのBBS RSが格好よくて。高いから悩んだんですが、ローンを組めば何とかなるかなと思って購入しました」
社会人になって間もなく実現した念願のBBSデビューだ。
以来、ホイールを選ぶ際には自然とBBSが候補の中心になっていく。クルマ選びでも、BBSが似合うことが条件のひとつになった。クルマを買い替えるたび、ディーラーからショップへ直行し、車高調とホイールを交換するのが恒例だったという。
シビックに3年乗った後、MR2へ乗り換えた。理由はツーシーターに乗りたかったから。
「実はそのとき浮気して、他社のホイールを履いたんです。デザインで選んだのですが、自分にはしっくり来なくて、すぐに16インチのRSに履き替えました」
一度別の選択をしたことで、改めてBBSを選ぶ理由を実感した。
野中さんには長年変わらない、自分なりのスタイルがある
MR2も3年ほどで手放し、次に選んだのはカリーナED。
「MR2は本当に楽しくて、本当は手放したくなかったんです。でもその頃結婚して、妻の母親が来たときにツーシーターでは乗せられない。不本意でしたが、その頃のカリーナEDはMR2と同じエンジンだったので、無理やり納得しました」
このとき選んだのもBBSだった。初めてLMを装着する。
「LMは発売されたばかりだったと思うんですが、すごく格好よかったです」
さらに3年後、雑誌で見かけたアルテッツァの開発ストーリーに惹かれた。発売されるとすぐに購入し、足元には再びシルバーのLMを選んだ。
転勤生活をともに過ごしたアルテッツァ
アルテッツァに乗っていた頃、野中さんは茨城県水戸市へ転勤となる。
関東の大都市をイメージして赴任したが、水戸駅からタクシーに乗ると、わずか数分で田園風景が広がり、遠くには山並みも見えた。
「正直、カルチャーショックでしたね」
そんな水戸で、思わぬ出来事も経験する。
「盗難です。駐車場でホイールごとタイヤを持っていかれて、アルテッツァがブロックの上に載っていました」
その後、ゴールドのLMを購入し直し、アルテッツァとの生活は続いた。
2年間の水戸勤務の後は東京へ。さらに2年後、福岡へ戻った頃にもアルテッツァは災難に見舞われる。
「赤信号で停車していたら、後続車に追突されたんです。人は無事でしたが、フレームにまで影響が出ました」
修理を施して乗り続けたものの、最終的には手放すことを決断。ともに過ごした期間は7年だ。
「事故歴があったのに100万円以上で下取りしてもらえました」
盗難や事故など、決して平穏とはいえない7年間だったが、その結末をどこか嬉しそうに振り返る。
17年、18.5万kmをともに走ったBMWとRS-GT
アルテッツァの次に選んだのはBMW 318i Mスポーツ。
登場当初はトラブルの話も聞かれたモデルだが、野中さんが購入した2004年式は、それらの問題が解消された最終型だったという。
「アルテッツァが高く売れたことで、少し気が大きくなったのかもしれません(笑)」
このとき装着したホイールがBBS RS-GTだ。
「LMはデザイン的には完成されたホイールだと思います。でも、唯一の悩みは掃除が大変なこと。細かい部分まで手を入れるので、とくに冬場は苦労しました」
そこで選んだのがRS-GTだった。
野中さんには、カスタムに関してひとつのポリシーがある。それは、カスタム費用が車両価格を超えないこと。
ところがBMWでは、そのポリシーが初めて崩れた。
青と赤を基調としたキャップ類など、エンジンルームにもさりげないこだわりが見える
スポーティさと実用性を兼ね備えた運転席まわり
普段手にする部分にも、自分らしいアレンジ
ペダルやフロアマットにも手を加えている
ホイールはもちろん、ステアリングひとつ取っても国産車とは価格帯が異なる。気づけば、車両価格に迫るほどの費用をかけていたという。
それでも、このBMWとは長い付き合いになった。
2004年から2021年までの17年間。走行距離は18.5万kmに達した。
ハンドルを握る姿からも伝わる、根っからのクルマ好き
「本当にトラブルがなかったんです」
RS-GTも同じ17年間使用したが、飛び石によるクリア塗装の劣化以外、大きな問題はなかったという。
しかし、さすがに年数が経つと部品の確保に苦労する場面も増えてくる。まだ乗れる状態ではあったものの、潮時と判断し、現在のBMW M3へ乗り換えた。ちょうど某BMW専門ショップが福岡に進出した頃だ。
「17年乗ったBMWはショップに引き取ってもらいました。代車にするにはもったいないということで、神戸の支店で社用車として使ってくれているそうです。2年前に神戸へ行ったとき、再会しましたよ」
開発ストーリーに惹かれて選び続ける
現在の愛車であるBMW M3には、再びLMを装着している。
長年愛用してきたLMが、再びM3の足元を支える
「やっぱり格好いいですよね。納品まで4ヵ月かかりましたが(笑)。自慢じゃないですが、飛び石が当たることはあっても、縁石などで擦ったことは一度もないんですよ」
もっとも、過去には肝を冷やした出来事もあった。2年ほど前、関東へドライブに出かけたときのことだ。
道が分からなくなり、前を走るポルシェについて走っていたところ、そのポルシェが急に車線変更。その際、分離帯のキャッツアイに乗り上げてしまった。
「見たところ問題はなさそうでしたが、念のためショップに連絡したんです。そうしたら『そのくらいなら大丈夫ですよ』と(笑)」
実際にホイールに問題はなく、そのとき改めてBBSへの信頼を深めたという。
「私はエンジニアなので、製品の開発ストーリーやこだわりに惹かれるんです。何でもそうですが、品質へのこだわりや開発の苦労が分かれば、多少高くても納得して選べるんですよ」
クルマも同じだ。
価格だけで判断するのではなく、その背景にある考え方や技術にも価値を見出す。
メーカーでの仕事を通じて培われたその価値観は、クルマ選びでも変わらない。野中さんが長年BBSを選び続けてきた理由も、そこにあるのだろう。
(取材協力)五ケ山クロスベース
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